東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1520号・昭63年(ネ)1545号 判決
主文
第一審被告太陽信用金庫、同鷲塚靖の控訴に基づき、原判決中右第一審被告両名敗訴の部分を取り消す。
第一審原告の右第一審被告両名に対する請求をいずれも棄却する。
第一審原告の控訴を棄却する。
訴訟の総費用は、第一、二審を通じ、全部第一審原告の負担とする。
理由
一 ≪証拠≫を考え合わせると、次の事実を認めることができる。
1 本件土地は、かつて大谷が持分二分の一、訴外大谷マサ・同大谷宜女及び同堀川武子が持分各六分の一の割合で共有していたところ、昭和四七年一一月一〇日の相続により大谷マサの持分全部が大谷宜女に移転し(昭和五二年八月九日登記)、次いで昭和五二年九月二日の交換により大谷宜女・堀川武子の持分全部が大谷に移転し(同年九月一七日登記)、結局、大谷の単独所有となつた。
2 原告は、不動産の売買・仲介・建物の管理等を業とする会社であるが、その代表取締役である野口は、同人の親類筋に当たる大谷が東京都三鷹市所在の本件土地を処分して、自己の勤務先に近い横浜に土地付きの住宅を建てる希望を有していることを聞き知り、本件土地を原告に売り渡す話を持ち掛けたところ、大谷は、昭和五二年六月二五日ころ、野口に対し、近く大谷の全部所有となる予定の本件土地を原告に売り渡すことを承諾し、右両名間で、原告が本件土地を造成して他に売り渡し、約七〇〇〇万円相当の土地付き住宅を大谷に提供するという口約束をするとともに、この土地付き住宅の提供ができない場合には、原告が本件土地の売買代金として三九五八万円を大谷に支払うことを合意し、右代金額及び本件土地の所有権が代金支払のときに買主に移転する旨の記載のある売買契約書を取り交わし、野口は、売買代金額に見合う満期を一年後とする原告振出しの約束手形を大谷に交付した。また、大谷は、同年一〇月、野口の要請により、本件土地の売買を原告に委任する旨の委任状及び自己の印鑑証明書を野口に交付した。
3 野口は、本件土地の宅地造成工事に着手したが、本件土地が雑木林であり、また、三鷹市教育委員会の古墳指定地であつたことから、予想外に造成費がかさみ、資金が不足して、そのねん出に苦慮していたところ、昭和五二年一〇月ころ、知人の訴外小野寺菊雄(以下「小野寺」という。)から広尾を紹介され、広尾から、本件土地を担保に入れれば同人の内妻である和泉の名義で被告金庫から約三〇〇〇万円を借り入れ、これを原告に貸し付ける話を持ち掛けられた。そこで、野口は、広尾の誘いに乗り、本件土地を担保に供して広尾から金員を借り受けたいと考え、大谷から、本件土地を被告金庫に担保として提供することの承諾を得た。
4 被告鷲塚は、被告金庫台東支店次長であつたところ、昭和五二年一〇月ころ、かねて和泉の名義で被告金庫と取引のある広尾から、三〇〇〇万円相当の担保を付けるから融資の枠を広げてくれるよう依頼され、同年一二月初めころ、同人の紹介により野口に会つた。その際、野口は、大谷から本件土地の売買の委任を受けていること及び本件土地を他に売り渡すまでの間担保として提供してもよい旨を述べ、大谷から交付を受けた前記委任状及び同人の印鑑証明書を被告鷲塚に示した。そこで、被告鷲塚は、同月一三日ころ、本件土地の所有者である大谷に会い、和泉の債務の担保として本件土地について極度額三〇〇〇万円の根抵当権を設定することの意思を確認した。その結果、被告金庫は、同月二一日、大谷との間で、本件土地について、和泉を債務者、被告金庫を根抵当権者とし、極度額を三〇〇〇万円とする根抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を締結し、翌二二日、その旨の根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記がなされた。なお、野口は、被告金庫の要請により、同月二一日、和泉の債務について連帯保証をした。
5 ところが、広尾が本件土地を担保として和泉の名義で被告金庫から融資を受けたにもかかわらず、その金員を原告に貸し付けなかつたために、原告は、ますます造成費に窮し、大谷に無断で、次のように本件土地を二重、三重に売買するに至つた。
すなわち、原告は、まず昭和五三年一月ころ、訴外藤祐建設株式会社(以下「藤祐建設」という。)に本件土地を代金九千数百万円で売り渡し、前渡金二〇〇〇万円を受領したが、道路位置の指定を受けることができなかつたため、右前渡金の返還及び損害賠償金として合計二八〇〇万円を藤祐建設に支払うことを約して、同社との間で売買契約を合意解除し、次に同年八月一九日、マルカ建設に本件土地を代金一億〇二七〇万円で売り渡し、手付金一〇〇〇万円及び中間金一〇〇〇万円を受領したが、同年一〇月、これも道路位置の指定を受けることができないことを理由に売買契約の解除を申し入れ、更に同年一一月九日、訴外高松産業株式会社(以下「高松産業」という。)に本件土地を代金一億〇八三五万円で売り渡し、手付金二〇〇〇万円を受領した。
6 そして、原告は、マルカ建設に売買契約の解除を申し入れながら、さきに受領した金員を返還することができず、昭和五三年一一月二四日、マルカ建設から本件土地について処分禁止の仮処分を受けたばかりでなく、そのころ、大谷を被告として所有権移転登記手続請求訴訟を提起され、また、マルカ建設と既に売買契約を締結していたことを知つた高松産業との間でも紛争が生じ、同年一一月二七日、高松産業から売買契約を解除され、さきに受領した手付金二〇〇〇万円を同年一二月四日までに返還し、その他の損害賠償については別途協議してこれを支払う旨の念書を高松産業に差し入れたが、右金員を返還することができず、昭和五四年二月六日、高松産業から本件土地について仮差押えを受けた。しかし、原告は、昭和五四年二月一九日、高松産業の同意を得た上で、マルカ建設から売買代金の内金五二七〇万円を受領し、原告と大谷、マルカ建設との間で、「(一) 原告及びマルカ建設間の昭和五三年八月一九日付け売買契約が有効に成立していることを相互に確認し、大谷は、中間省略によつてマルカ建設に対し右同日の売買を原因とする本件土地の所有権移転登記手続をすることを承諾する。(二) 右売買契約に基づく本件土地の売買代金一億〇二七〇万円のうち七二七〇万円がマルカ建設から原告に支払済みであることを確認し、残額三〇〇〇万円は、本件土地に和泉の債務について設定されている根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を抹消するため、マルカ建設から抵当権者である被告金庫に支払う金員に充当するものとする。右支払によつて残金が生じたときは、直ちにマルカ建設から大谷に返還する。」旨の合意が成立した。原告は、前同日、マルカ建設から受領した売買代金の内金五二七〇万円のうち、三〇〇〇万円を大谷及び原告間の昭和五二年六月二五日付け売買契約に基づく売買代金の内金として大谷に、二〇〇〇万円を原告及び高松産業間の昭和五三年一一月九日付け売買契約に基づく手付金の返還として高松産業に、二五〇万円を原告及び高松産業間の右売買契約の解除に基づく損害賠償金の一部として高松産業に、それぞれ支払い、本件土地について、昭和五四年二月二〇日、大谷からマルカ建設に対する昭和五三年八月一九日の売買を原因とする所有権移転登記がされ、昭和五四年二月二三日、高松産業を債権者とする前記仮差押えの登記、同年三月二日、マルカ建設を債権者とする前記仮処分の登記が、それぞれ抹消された。
7 被告鷲塚は、昭和五三年一二月から昭和五四年二月にかけて、広尾から、原告が本件土地を二重、三重に売買しているという話を聞いたので、野口を呼んで事情を聴こうとしたが、同人と連絡を取ることができないでいたところ、昭和五四年二月ころ、野口から、近々本件土地が売れるようになつた旨の電話を受け、また、同年三月から四月にかけて、マルカ建設から、本件土地を買つたので三〇〇〇万円を送金するから、早く前記根抵当権設定登記等を抹消してもらいたい旨の電話を何回か受け、被告金庫小金井支店からも、同じような連絡を受けていた。しかし、他方では、本件土地の担保が消滅すると従来の取引を継続することができなくなるとの理由により、広尾から、本件土地に代わる担保を提供するまで右登記の抹消を待つてもらいたい旨頼まれていたので、被告金庫は、その処理を引き延ばしていた。
8 昭和五四年五月一九日、被告白取及び大谷は、広尾からの連絡により被告金庫台東支店へ行き、同支店において、右三名と被告鷲塚が会合した。その席上、被告白取は、大谷の代理人としての立場で、被告鷲塚に対し、近々被告金庫小金井支店から三〇〇〇万円が送金されてくるから、前記根抵当権設定登記等を早く抹消してもらいたい旨申し入れるとともに、被告金庫と広尾ないし和泉間の債権債務関係及び広尾が被告金庫に差し入れている手形、預金等の内容を明らかにするように求めた。これに対し、被告鷲塚は、右登記の抹消については了解した旨回答し、債権債務関係等については、同席した広尾の同意を得た上で、当時被告金庫が広尾から差し入れを受けていた手形及び預金の種類とその額等をメモにして被告白取に渡した。その際、右手形について、被告白取は、同鷲塚に対し、「権利は原告にあると思う。」旨述べ、また、被告金庫小金井支店から送金される金員の領収証をマルカ建設に送ることを了承した。
9 昭和五四年五月二二日、原告がマルカ建設に売り渡した本件土地の残代金としての三〇〇〇万円が被告金庫小金井支店を通じて被告金庫台東支店に送金され、これによつて、和泉の被告金庫に対する債務約三七六〇万円のうち三〇〇〇万円が弁済された。被告金庫は、右弁済について大谷あての同日付け受領書を作成し、これを被告白取に郵送した。同月二四日、被告鷲塚は、原告、大谷及び被告白取に無断で、被告金庫が保有していた原判決添付の担保目録記載の約束手形を広尾に返還し、同目録記載の預金(定期預金五〇〇万円は広尾名義、定期積金一九〇万円及び別段預金七〇万円は和泉名義である。)につき、払戻しについての制約を解く措置を採つた。同年六月一五日、被告金庫は、同年五月三〇日の解除を原因として前記根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を抹消した。
10 なお、被告白取は、弁護士であるが、昭和五三年一一月ころ、小野寺の紹介により野口に会い、原告及び高松産業間の前記紛争について原告のために助言したことがあるほか、同年一二月三〇日、野口の紹介により大谷に会い、マルカ建設から大谷に対する前記所有権移転登記手続請求訴訟について、大谷の訴訟代理人となり、昭和五四年二月一九日、原告と大谷、マルカ建設との間に成立した前記合意に関与して、右訴訟を解決し、また、前記のように原告が藤祐建設に売り渡した本件土地をマルカ建設等に転売した件について、大谷が売買の委任状を原告に交付したことの責任を藤祐建設から追及され、損害賠償の請求を受けた際には、大谷の代理人となり、同年三月ころ、藤祐建設と交渉して、大谷が三五〇万円を同社に支払う旨の示談を成立させた。
以上の事実を認めることができ、≪証拠≫中、右認定に反する部分は信用することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 前項で認定した事実に基づき、原告の被告らに対する請求について次のように判断する。
原告は、被告金庫に対して昭和五四年五月二二日に弁済された三〇〇〇万円は、マルカ建設ではなく、原告が弁済したものであり、右弁済により、被告金庫が和泉に対する債権の保全のために保有していた前記手形及び預金について、原告が法定代位したのに、被告金庫が右手形等の担保を返還したため、原告による担保権の行使が不可能となり、事実上和泉に対する求償権を行使することもできない状況に陥つたとして、被告らに対する損害賠償を請求するところ、この三〇〇〇万円が被告金庫に弁済された経過に照らせば、右金員は、マルカ建設が本件土地の残代金として原告に支払うべきところ、原告及びマルカ建設間において、本件土地に設定されている根抵当権等の担保を消滅させる目的で、和泉の被告金庫に対する債務の弁済のために被告金庫台東支店に送金することにより、原告に対する残代金の弁済とすることを合意したものであるから、右の弁済は、マルカ建設の名で行われたけれども、経済的には原告の負担で行われたものであつて、実質的には原告が弁済者であつたと解する余地がある。しかしながら、仮にそれが肯定されるとしても、民法五〇〇条にいう「弁済ヲ為スニ付キ正当ノ利益ヲ有スル者」とは、物上保証人、担保不動産の第三取得者、保証人、後順位の担保権者などのように、弁済により法律上の利益を受ける者(弁済により、当該債務についての自己の責任や負担を免れ、又は自己の権利を保全することができる者)をいい、弁済について事実上利害関係を有しているにすぎない者は、これに該当しないものと解すべきである。ところで、本件根抵当権が設定された当時、原告は、大谷との間で本件土地の売買契約を締結していたものの、右契約には、本件土地の所有権が代金支払のときに買主に移転する旨の約定があり、この時点では、原告は大谷に対して売買代金を全く支払つていなかつたのであるから、その当時本件土地の所有者は、大谷であつて、大谷が本件根抵当権を設定したものというべきである。そして、原告は、後に大谷に売買代金を支払つたけれども、更に本件土地をマルカ建設に売り渡し、被告金庫に三〇〇〇万円が弁済された当時、本件土地の所有権がマルカ建設に属していたことは、右認定の事実により明らかである。
そうすると、原告は、右弁済がなされた当時、被告金庫に対する和泉の債務につき、物上保証人でも抵当不動産の第三取得者でもなく、その他、弁済により、右債務についての自己の責任や負担を免れ、又は自己の権利を保全することのできる地位にあつたということもできない(前認定のように、原告は、マルカ建設との間の売買契約に関連する処理として、自己が受けるべき売買代金の一部を右弁済に充てたものであるが、このような利害関係があつたことによつては、弁済につき法律上の利益があつたものということはできない。)。そうとすれば、原告は、前示弁済につき被告金庫に代位することのできる地位になかつたのであるから、前示手形及び預金につき被告金庫が担保権を有していたかどうかにかかわらず、被告金庫がこれらを前述のように処理したことにより原告が損害を被つたものということはできない。
原告は、被告金庫及び被告鷲塚において、抵当権の設定から弁済に至るまでの原告側の事情を知つていたこと並びに被告白取において、手形の返還等の処理を指示したこと又は適切な処理を指示する義務があつたことを根拠として被告らに損害賠償の義務があると主張するが、右に説示したとおり原告が弁済によつて代位することのできる地位になかつたものである以上、原告主張のこれらの事由があつたかどうかについて検討するまでもなく、代位をすることができなかつたことによる損害の賠償を求める原告の請求は、失当であることが明らかである。
のみならず、被告鷲塚は、前認定の事実から、担保提供の事情について、本件根抵当権設定当時、本件土地が大谷の所有であり、大谷が本件土地の売買を原告に委任している程度のことは知つていたものと認められるが、それ以上の担保提供の事情及び前記認定のような弁済の事情を、被告鷲塚その他の被告金庫の担当者において知つていたものとは認められない。この点について原告の主張に沿う原審及び当審における原告代表者の供述は、≪証拠≫に照らして信用することができない。また、昭和五四年五月一九日の会合において、被告白取が手形等を広尾に返還するようにとの指示を与えた旨の原告の主張については、甲第一五号証の供述記載、原審における被告鷲塚本人の供述中にこれに沿う部分があるけれども、これらの供述等は、≪証拠≫に照らして採用することができない。さらに、右会合の席上、被告白取が手形等を原告に返還すべきである旨の意見を明確に述べるべき弁護士としての職務上の義務があつた旨の原告の主張についても、そもそも原告が手形等について法定代位をすることができなかつたのであるから、被告白取に右のような義務があつたということはできない。
三 よつて、法定代位権の侵害を原因とする原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がなく、これを棄却すべきであるから、被告金庫、同鷲塚の控訴に基づき、原判決中右被告両名敗訴の部分を取り消して、原告の右被告両名に対する請求を棄却し、原告の控訴は理由がないから棄却する
(裁判長裁判官 橘勝治 裁判官 安達敬 鈴木敏之)